光医療の実現を目指して
光医療についてのトピックスを中心に、21世紀の医療、健康管理、グローバル化における日本人のあり方について私見を表明する。
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マッターホルンの景色は素晴らしいの一語に尽きる!
2009年10月16日(金)                                    晴れ

ホテルのテラスから見えるマッターホルンに朝日が当たる姿は、素晴らしいの一語に尽きた。 
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42年前は、リフトに乗ってマッターホルンの麓まで行き、それから歩いてマッターホルン小屋まで登ったが、今回は、ケーブルを2回乗り継いで、マッターホルンを近くから正面に見られる展望台まで行くことにした。もう1回ケーブルに乗ると、標高3800メートルを越えるグレーシアパラダイスまで行けるが、ケーブルを降りてから約100メートルの急な階段を登らないといけないので、これはわれわれの年齢を考え、敬遠することにした。 正解であったと思う。
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42年ぶりに見るマッターホルンは素晴らしかった!
2009年10月15日(木)                                晴れ

1967年9月16日から3日間、ツエルマットに家内と滞在し、マッターホルンの眺望を堪能した経験を再現したいと、今回、グリンテルワルトの次にツエルマットに向かったが、期待どうり、素晴らしいマッターホルンの眺望を充分堪能することが出来た。 前回泊まったホテルの部屋からマッターホルンを見る事は出来なかったが、今回は、予約した後、メイルを入れ、”超過料金を払っても良いからマッターホルンの見える部屋を用意してくれるよう”依頼してOKとの返事を貰っていたが、朝から晩までマッターホルンを正面から見える部屋に泊まることが出来、最高だった。
ホテルのレストランからもマッターホルンが見え、これも最高の気分であったが、登山電車でゴルナーグラートの展望台に登ったが、途中からもマッターホルンの姿が色々な角度とあたりの景色との組み合わせで見られ、スイスの観光資源としても、マッターホルンがNO.1であることを実感できた。 ゴルナーグラートも標高が高いので、気温はマイナス13度であったが、天気が良かったので、屋外でワインを飲みながらマッターホルンの眺望を楽しむことが出来た。
          ゴルナーグラートからのマッターホルン
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ホテルに帰り一休みしているうちに夕方になり、丁度マッターホルンの裏側に太陽が沈んだので、マッターホルンにかかる雲が刻々と変化し、マッターホルンが夕闇に溶け込んで行く姿を楽しむことが出来た。これも最高の気分であった。
          夕日のシルエットになったマッターホルン
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列車の旅は移動が負担でした
2009年10月14日(水)   グリンテルワルトからツエルマットへ          晴れ

スイスの列車旅行の良さは、運行が時計のように正確なことですが、最大の欠点は、ホームと地下道間のエスカレータが無い事で、列車の乗り換え時には、重いスーツケースをホームから地下道まで運び、乗り換え先のホームを見つけて持ち上げることで、グリンテルワルトからツエルマットへ行くまでに3回乗り換えますが、えらい負担で、ツエルマットのホテルにチェックインして部屋に入ったなりベッドの上に倒れ、2時間ほど動けませんでした。 家内が心配して東京の息子に電話して、救急搬送してもらおうかと思ったほどです。
水をペットボトル一本分飲み、2時間ほど横になっているうちに生き返りましたが、重い荷物を持って来たことをつくずく後悔しました。 それに加えて、グリンテルワルトでアイガーの夜明けの写真を撮る為、5時にホテルを出て、寒い丘で2時間、寒さに振るえて風邪気味になったのが、移動中にぶり返し、寒気がするので、新型インフルエンザになったかと心配にもなりました。 ともかくも、憧れのマッターホルンの見えるツエルマットに到着したので、ホテルまで、スーツケースを引きずり、パソコンと三脚の入ったナップザックを背負い、カメラ、望遠レンズの入ったショルダーバッグを肩にかけて、ホテルまで歩きました。
ホテルの前の橋の上からマッターホルンが見えた時は感激でした。
            午後のマッターホルン
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ユングフラウヨッホは零下13度でした
2009年10月13日(火)−−−その3                        晴れ

今日は42年ぶりにユングフラウヨッホに登山電車で登ることにしました。グリンテルワルトの駅で往復切符を購入、登山電車の出発駅までバスで行き、電車に乗りました。42年前はクライネシャイダックまでトレッキングしましたが、今回は、山道にはところにより雪があるのと、時間も限られているので、登山電車を出発点のグリンデルワルトから乗り、クライネシャイダックで、別の車両に乗り換えました。この時、効果を発揮したのが、前日、グリンテルワルトの駅で、グリンテルワルトからツエルマット、サンモリッツ、テイラノ経由でミラノまでの乗車券を購入した際、窓口の若い駅員から薦められて購入した、外国人用半額パスで、登山電車、ケーブルなど全ての乗り物が半額になり、大いに助かりました。
今回の旅行でもう一つの良い点は、日本人のツアーに全く会わなかったことです。 スイスはもう冬で、旅行シーズンオフの為でしょう。 日本人の欠点でしょうか、日本人ツアー客に会うと、必ず、いやな思いをします。 最近は、韓国人、中国人の団体旅行にもよく出会いますが、日本人の団体旅行客ほど、マナーをわきまえない人種はおりません。 海外旅行の一番の魅力は、綺麗な景色を楽しむこともありますが、現地の人や旅行中に会った人との会話を楽しむ点にもあるので、日本人が国際感覚とマナーを身に着けることを期待しますが、当分は無理なようです。
登山電車の終点からエレベータで登り、コンクリートで覆われた遊歩道を歩いて、ユングフラウヨッホの展望台に出ましたが、天気は晴れというのに気温は零下13度、早々にカフェレストランのある場所に戻り暖かいコーヒーを飲みながら、周囲に広がるスイスアルプスの景観を楽しんだのは最高でした。
        ユングフラウヨッホの展望台からの景観
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ユングフラウヨッホの展望台は零下13度でした!
2009年10月13日(火)その2−−−−旅行3日目                    晴れ

1967年9月、ドイツのエルランゲンで車を借り、家内とグリンテルワルトに一週間滞在しましたが、15日はトレッキングでくらいねシャイダックまで歩いて登り、付近の丘の上でビニールをシートを敷いて、バーナーとコッフェルでお湯を沸かしてお茶をいれ、お昼にしましたが、先ず、持参の赤ワイン蓋を開き、2人でアイガーの北壁を見ながら乾杯しました。 これが二人の結婚式で、その日に母に婚姻届も出してもらいました。 今回は滞在日数も短く、とても歩いてクライネシャイダックまで登ろうという気は起こりませんでしたので、朝食後、登山電車でユングフラウヨッホまで登ることにしました。 天気は絶好の晴天でしたが、上は寒いと聞いていたので、長袖の下着を2枚、セーターを着て、その上にウインドブレーカーとキンテイングのヤッケを着るという服装でした。 登山電車からの眺望は素晴らしく、クライネシャイダックに着き、ユングフラウヨッホ行きの電車に乗り換えましがが、42年前に乾杯した丘は雪に覆われており、そこに再度行ってみようという気は起こりませんでした。 しかし、クライネシャイダックからホテルを前景にした北壁の姿は、そのままで素晴らしい絵になっており、昔の記憶のままでした。
             クライネシャイダックから見たアイガー北壁
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アイガー北壁の夜明けは寒かった!
2009年10月13日(火)                      晴れ、極めて寒し

スイスの交通機関の正確さと、日本の携帯電話会社の国際性の欠如を痛感しました!

10月11日(日)16時にチューリッヒにスイス航空で到着。入国審査を済ませ、手荷物をピックアップ、列車の切符を買い、16時40分発のベルン行きに出発1分前に飛び乗り、2回乗り換えて、19時30分にグリンテルワルトに着いたのには驚きました。 宿泊のホテルアイガーには、21時40分頃のピックアップを頼んでありましたが、あまりに早く着いたので、海外で使用できるというので買い換えた、某携帯電話器で電話をしても全く通じない(帰国後近くの代理店でクレイムしてもそんな筈はない、電話番号を間違えたのではないかとの回答に呆れました)ので、トランクを引っ張り、何度も道を聞き、ホテルにチェックインしました。英語とドイツ語が通ずるので、本当に楽に旅行できる国に来たというのが実感でした。

翌日の12日(月)は、朝から雨だったので、ショッピングにしようかと、フロントに聞いたら、インターラーケンオストまで汽車で行き、ウェストまで歩くと、いい店がありますよとのアドバイスで、この日はインターラーケンに行き、雨の中を散歩して、結局は、グリンテルワルトに戻ってから、土産品、食料を仕入れ、夜はホテルの隣のレストラン食べましたが、夕食を終わる頃になると天気が晴れて来ており、フロントに聞くと、明日は絶好の天気ですよというので、早く寝て、13日(火)の朝、5時にホテルを出発、アイガーが良く見える丘を探して登ることにしました。 悪い事に、懐中電灯を忘れて来たので、真っ暗な中、ところどころに街灯のある路を探し、一本めの路は途中で行き止まり、又、引返し、地図を見て、駅の近くから登る小道(極めて急坂)を息を切らしながら、ようやく開けた場所にたどりついたのが、6時ころでした。 現地が未だサマータイムであった事を知らなかったので、シートを草の上にしいて、三脚を立て、カメラの設定をしようにも明かりが無いので、もう一つ持参のデジカメを立ち上げ、液晶画面を懐中電灯代わりにして、バルブで撮影できる準備をして待つ事、1時間半、ようやく、7時半になり、あたりが明るくなり始め、一時朝霧で何も見えなくなっていたのが、太陽が昇るとともに、サーと消え、42年振りにアイガーが目の前に浮かんで来た瞬間は、久し振りにぞくぞくするような感激感を覚えました。バルブは10秒を山勘でカウントして撮影しました。

               アイガー北壁の夜明け
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10月24日(土)、スイス、イタリア旅行から帰国しました。
2009年10月25日(日)                     雨模様、寒い

10月11日から24日までの2週間、スイス、イタリー旅行をしました。

スイスはグリンテルワルト、ツエルマット、サンモリッツ、イタリアはミラノ、ローマを訪問した相当きつい旅行でした。 42年前の1967年、家内と初めての海外旅行(新婚旅行)で、ドイツのエルランゲンでレンタカー(ルノー1000)を借りて、ドイツ、スイス、イタリー、オーストリアを約1ケ月、ドライブし、特に、スイスのグリンテルワルトには、アイガーの東嶺を日本人の槇さんと一緒に初めて登山したスイスのガイド、エミール ストイリーの経営する宿に一週間泊まりましたが、思い出のグリンテルワルトに42年ぶりに行ってみたいという家内の要望と、マッターホルンに朝日が差す瞬間と夕焼けに沈む瞬間を写真に収めたいという私の夢の実現がメインでしたが。 
どちらも、矢張り、素晴らしいの一言に尽きる、光景でした。
世界でも有数の観光資源を国家を挙げて支援し、外貨を稼いでいるスイス、イタリアーの国家政策には眼を見張るものがありました。 現地で聞いても、今回の世界不況は全く関係ないという点、日本の政治家、企業家は学ぶべきです。 それと若者の未来に対するエネルギに期待します。
日本も国家の長期戦略を確立し、明るい未来を開拓すべきです。 ツエルマットの中華レストランに夕食を食べに行きましたが、29歳の美人のウエイターはポルトガルから来て結婚、2児の母で、年間を通じってレストランと長期雇用契約を結んでいるとの事。 ツエルマットにはポルトガルから多数の出稼ぎ労働者が来ており、冬のツエルマットの人口は、スイス人より、ポルトガル人が多い、仕事はいくらでもあるという答えが印象的でした。 日本の若者の無気力さ、国際感覚の無さに比較してどうでしょうか?

               アイガーの夜明け
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民主党大勝、スッキリした!
2009年8月31日(月)                                雨

民主主義が日本で初めて実現した!

選挙は水物というので、昨日の衆議院議員選挙の開票結果を見るまでは、本当に民主党が勝利するかなという不安感があったが、8時からの選挙速報がスタートするや、出口調査の結果で、民主党議席300を越す見込みというテロップが出て、安心した。 その後の選挙結果を余裕で見ることができた。 事前のマスコミの報道で、民主党320議席という予想もあり、そんなに勝たせてはいけないという心理が働くのではないかという危惧もあったが、結果を見ると、日本人も初めて真面目に国の将来を選んだという安心感を強く感じた。 日本で民主主義が実現したのは、坂本竜馬が暗殺されて、真の民主主義が否定されて、140年と聞く。 これまでの民主主義は名ばかりで、真の民意を反映する方法が無かったものが、今回、初めて実現した意義は大きい。 民主党が308議席という大勝を達成した原因は、色々あるが、次の点が大きかったと思う。

1.アメリカ大統領にチェンジを旗印にしたオバマ大統領が当選した。
2.自民党員が高齢化し、時代感覚を全く無くしてしまった。
3.自民党員の政策形成能力、リーダーシップが低下し、官僚の暴走を止められなくなるという、太平洋戦争勃発直前の世紀末的状態を現出し、これをマスコミが報道した為、国民の危機感を煽った。
4.民主党が正義、自民党が悪というイメージがマスコミにより鮮明に形成され、民主党が勝つことに国民はオリンピックやWBCに優勝するような快感を味わうことが出来た。 日本のマスコミは権力寄りで、国民同様、競って風に乗る傾向があるが、このマスコミの影響が大であった。
5. 鳩山代表が東大工学部卒、プリンストン大学の博士課程終了、鳩山一郎の孫で、華麗なる鳩山一族の長男というイメージが、麻生首相のしかめっ面とどすの利いた声のイメージに比較して、新生日本に相応しいリーダーというイメージを与えた。
ーーーーーーー数え上げれば切りが無いが、国民としては、世界不況、日本の世界的な地位の低下、少子高齢化による社会崩壊の危機感などに追い詰められ、初めて、目を覚まして、真面目に投票したということであろう。

今後の目標は、世界一の叡智社会の実現!

人間の最大の強みは、学習効果である。 失敗を重ねて学び、叡智のレベルアップを図り、世界の人類、地球そのものの安全を確保すること。 官僚制度の腐敗、暴走が国を滅ぼすことは、中国の歴史、太平洋戦争で充分学んだ。 今回も1990年代以降のあらゆる問題の露呈を通じて学んだ。 強いリーダーシップと責任感のある政治家の必要性も学んだ。 既得権益団体が政治家、官僚と手を結ぶと、どういう弊害をもたらすかも学んだ。 国民に将来の夢が無いと、社会不安、いじめ、凶悪犯罪が増大することも学んだ。 民主党の子育て支援、学校教育の無料化などは、将来の国民を育てる意味で正しい。その上で期待したいのは、前から主張しているが、次の点である。

1.官僚制度のスリム化と同時に旧来の陋習の打破。 即ち、年功序列人事を廃止し、実力主義、省庁間の幅広い人事交流。 責任を明確にして、人事権を行政のトップ(総理大臣)に持たせる事。
2.世界で最悪の各種の規制をグローバルレベルに緩和すること。 殆どが既得権益の維持に使われている。
3.小学校教育から英語を必須科目にして、高校卒業時には、バイリンガルを達成する。 高校からの選択科目に北京語を入れれば、大学卒業生の就職機会は飛躍的に拡大する。
4.大学教育、特に、大学院教育をグローバルレベルに引き上げること。−−−日本の大学生ほど勉強しない学生はいない。 世界の高度教育化に完全に立ち遅れている。
5.専門分野については、国籍の枠を外して、海外の頭脳の積極的な流入に努める。 医師、看護士、介護士試験は英語でも受験できるようにする。−−−医師不足解消の為の医学部の定員の増加などが言われているが、医学部への入学金は医師の子弟で無ければ払えないほどの高額であり、出来の悪い医師を粗製濫造することが如何に危険であるか、全く認識されていない。 公表されていない医療ミスによる死者が何人いるか、自殺者、交通事故の死亡者数より多い。
6.海外の情報公開を徹底して、日本の高コストが異常で、不当に高い利益を上げている既得権益者がいることを公開し、日本社会の全面的な体質改善を実施すること。 例えば、日本の医薬品、医療機器、病院の建設費、病院の間接部門の人件費は、国際レベルの倍であり(米国は別)、高齢化に伴う医療費高騰の最大の原因になっている。 などなど数え上げれば切りが無い。 
7.ベンチャー企業の開業、新事業、新製品開発を支援する基金を立ち上げ、将来のビジネスチャンスを大幅に拡大するば、日本の未来は大きく開ける。 これぞ政府の仕事である。
       秋のススキ
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西部劇にシルバー層の怒りを感じた!
2009年8月23日(日)          
西部劇ファンにシルバー層が多いのに驚いた!

21日の金曜日に家内と西部劇”3時10分、決断の時”を見に行った。
久しぶりの本格的な西部劇で、非常に面白かったが、なにより驚いたのは、観客に男性のシルバー層の多さであった。 ご存知、西部劇の良さは。 正義が勝つことである。 今の世の中に如何に正義が無いことか。 新聞の最新のアンケートでも、今回の総選挙は、民主党が300以上の議席を取る圧勝と言われているのも、自民が悪、民主が正義という戦いになっているからで、如何に日本の中高年が正義の実現を求めているか、映画館で肌身で感じた。 今回の選挙でもし民主党が負ければ、悪がはびこるということになり、国民感情として許せない。 完全な劇場型選挙になっており、自民が負けることで日本国民が救われるという筋書きである。 この西部劇は、若い世代にも見てもらいたいと感じた。 父親の責任感、リーダーシップの必要性を痛感させるもので、自民党の代議士に見せてやりたい。 何故、自民が信頼を失ったのか、何故、官僚制が国民に愛想を衝かれたのか良く理解できる。
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第2の敗戦は御免だ!
8月11日(火)民主党都連の決起集会に参加した!

民主党都会議員の門脇氏に日曜日の犬の散歩で会い、是非、火曜日の決起集会に参加して欲しいと誘われ、中野サンプラザで6時から開催された決起集会に参加した。民主党の衆議院候補者、支援者、党員などなど1000人以上が参加しており、勝利への熱気が感じられ、政権交代も可能かなという気持ちになった。 われわれの世代は、太平洋戦争を経験しており、子供ながら日本国の勝利を確信していたが、8月15日に終戦を迎え、全く騙されたという失望感を味わった。 政府、先生、大人の言うことは全て信じられなくなった。 昨日まで鬼畜米英と言っていたラジオが、アメリカ軍を救世軍のように称える変わり身の早さにあきれ返った。 今回、 民主党が敗北すれば、日本国が官僚と自民党に食いつぶされ、破綻、塗炭の苦しみを味わう事になることは明らかである。 是非、民主党に勝利し、政ー官ー財の体制をぶち壊して欲しい。

8月12日(水)靖国神社を参拝した!

NHKの番組で、海軍の400時間という特別番組は秀逸であった。 元、海軍の幹部が反省会の中で日本国を、太平洋戦争に突入させ、特攻作戦を立案し、ミッドウエーを初めとする会戦に敗れさせ、敗戦に追い込んだ責任者は、海軍軍令部のエリート集団であると告白していた。 全く、そのとおりだと痛感した。 エリートと言っても、単なる点取り虫である。 自分の権力欲を満足させることした考えない、本来のエリートとは程遠い人種である。 家内の父親も大分県佐伯市の神童といわれ、海軍兵学校を卒業し、開戦とともに航空母艦瑞鶴に通信隊長、中佐として乗船し、 昭和19年10月25日、フィリッピン沖の会戦で戦死したが、最後まで部下を優先させて下船させ、本人は艦と運命を共にしたと聞く。 8月15日は、右翼の宣伝カーとか、旧軍人のデモンストレーションとか、静かな雰囲気ではお参りできないので、終戦記念日を避けて、お参りをしている。 一握りの海軍軍令部のエリートのミスリードで、310万の命が奪われたかと思うと、 改めて、馬鹿なことをしたものだという感を深くした。 ところが、現在、それと同じ高級官僚集団と自民党の無能な国家運営で、日本国は、再度、危機に立たされている。
民主党、社民党、国民新党、新党日本に頑張って選挙に勝利し、 日本の未来を切り開いて欲しい。
           靖国神社
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プロフィール

MIKE

Author:MIKE
株式会社グリーン・メデイカル・システムズ 代表取締役、国際マーケテイングコンサルタント
日本アルメニア科学・文化・教育協会(JASEC)理事長
日本LPL療法普及協会 事務局長
アルメニアEJ大学 名誉教授

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