光医療の実現を目指して
光医療についてのトピックスを中心に、21世紀の医療、健康管理、グローバル化における日本人のあり方について私見を表明する。
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ローマの街を歩きに歩きました!
2009年10月21日(水)                  晴れ

ローマのホテルは観光に一番便利な場所ということで、スペイン広場の近くのConcordiaというこじんまりしたホテルを選びました。エレベータはスーツケースと二人が乗ると一杯というような小さなリフトで、部屋もダブルベッドが一つで一杯になるような小部屋で、バスはシャワーだけという旅行中で一番小さな部屋でした。しかし、観光の立地条件は抜群で、スペイン広場、トレビの泉まで歩いて5分ぐらいという立地条件で、結果としては良かったと思います。受付の若い女性、交代のやはり若い男性も親切で、美味しくて手ごろなレストランを教えてもらい、予約もしてもらいましたので、安心してイタリア料理を経済的に楽しむことができました。

ローマ二日目は、先ず、昨日、洗面道具をタクシーに置き忘れてしまったので、ホテルの斜め前もドラグストアで歯ブラシと髭剃りを買い、スペイン広場経由で11時に予約してあったボルゲーゼ美術館に向かいました。途中、何人ものイタリア人に美術館へ路を聞きましたが、あっちだ、逆だ、そのまま真っ直ぐだと、大変親切に、人により全くまちまちなことを教えてくれ、イタリア人気質はこういうものかと納得できました。ようやく、時間ギリギリに美術館を探し当て、予約のメイルを見せると、これは明日の予約だとの事。多少、ガッカリしましたが、良い下調べが出来たと納得し、ポポロ広場経由でトレビの泉、更にコロッシウムまで歩いてゆくことにしました。
              ボルゲーゼ公園
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幸い、絶好の晴天で、公園内の散策は気分最高でした。ボルゲーゼ公園を着た路をたどり公園の端に着くとピンチョの丘があります。ここからは、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂を遠くに見ることが出来、絶好の展望台でした。
              ピンチョの丘の展望台からの景色
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ピンチョの丘から下へ降りると、ポポロ広場に着きます。サンタ・マリア・デル・ポポロ教会を見学しようとしましたが、4時までは閉まっているとのことなので、スペイン広場に向かってきた路を引き返し、お腹が空いたので、途中のカフェテリアで、パスタと赤ワインで昼食にしました。ナポリタンのパスタが最高に美味しかったので、レストランの主人に”素晴らしい”と告げると、作ったコックが挨拶に出てきたのには、さすがにイタリアだなと感心しました。昼食後、ぶらぶらと歩き、トレビの泉に着きました。さすがに観光名所だけあって、観光客であふれており、写真を撮っていると、何組もの新婚さんらしきカップルから、このカメラで摂って欲しいと頼まれ、観光地に来たなという感じでした。
               
                    トレビの泉
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ホテルのフロントにトレビの泉の近くのレストランを教えて貰っていたので、レストランへ立ち寄り、夜の8時に予約を入れ、コロッセオに向かいました。人がぞろぞろ歩いている方向がコロッセオだろうと検討をつけて歩いて行くと、やがてコロッシウムが見えて来たので、急ぎ足で、5時までという入場時間にようやく間に合い、急ぎ足で中を見学しました。

                    コロッセオ
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コロッセオからホテルに帰り、少し休んでから予約したトレビの泉の近くのレストランで夕食をとりましたが、ステーキとパスタを一人前ずつ、それとグリーンサラダとハウスワインの赤ワインをグラスで頼みましたが、二ステーキは経験したこともないような厚さで、かつ柔らかく、最高のイタリア料理に満足しました。それにしても二人で5000円ほどという料金には感心しました。日本で食べたら2万円は下らないでしょう。日本、特に東京の物価高は、海外からの観光客誘致の妨げになっていることは間違いないと二人で納得した次第です。



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最後の晩餐は3D絵画だった!
2009年10月20日(火)                   晴れ

昨日、観光バスの集合場所を確認しておいたので、地下鉄を乗り継ぎ、スフォルツエスコ城の前の噴水の向いのレストランに行き、未だ時間前であったので、コーヒーを注文し、ゆっくり待つことにした。やがて、HISの現地のガイドさんが到着、今日の日本人の参加者は我々を入れて4人とのことで、近くに停車中の観光バスに案内された。我々以外のメンバーは、新婚さんとのことで、お互いに挨拶を交わした。ガイドさんの話では、最後の晩餐の予約は現地の観光会社が全て抑えてしまう為、日本から個人で予約を取ることは不可能とのことであった。観光バスは先ず、スフォルツエスコ城に行き、下車。我々は昨日見学済みであったので、のんびりとガイドさんに従って散策を楽しんだ。次の目的地が、最後の晩餐のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツイエ教会。25人づつのグループになり、15分間の鑑賞。ものものしい警戒の元で部屋に入り、部屋の奥に描かれている”最後の晩餐”を鑑賞することができた。見て驚いたのは、イエス・キリストを中心とした弟子達がテーブルについている情景が、浮き出て見えること。こんな絵画を見たことはない。やはり、レオナルド・ダヴィンチは天才というより、人間のレベルを越えていたのではないかと、改めて感心した。
                    最後の晩餐
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最後の晩餐を見た後、バスはスカラ座へ行き、中を見学、我々は汽車の時間があるので、そこで失礼し、ドウモ駅から地下鉄に乗り、ホテルに戻り、荷物をピックアップ、14時15分発の国際特急に乗り、ローマに17時45分に到着。駅前からタクシーに乗り、ホテルに着いたが、そこで、ノートパソコン、三脚、湯沸しポットなどを入れたナップザックを座席に置いたままホテルに入り、荷物が一つ足りないことに気がつき、あわてて表に出たが、タクシーは丁度出たところ。ホテルの支配人に話たら、もし、運が良ければ、タクシーの運転手が届けてくれるだろうとの事。結局、この荷物は出発までに届くことは無かった。矢張り、ローマが最終目的地であった為の気の緩みだろうと反省したが、それにしてもイタリアのタクシーには気をつける必要があると改めて反省した。
           ミラノからローマまでの国際特急
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ミラノ市内を散策しました
2009年10月19日(月)                    晴れ

ミラノに来た最大の目的は、レオナルドダヴィンチの”最後の晩餐”の見学でした。この絵画の見学希望者は非常に多いので、事前に日時を指定して予約しないと見られません。インターネットから予約できますが、最近は、日本から予約しようとしても全く予約が取れません。そこで、HIS社の現地ツアーに申し込んで、ツアーの中で見学をすることにしました。月曜日は美術館は休館の為、ツアーは20日、火曜日の9時半集合のツアーを申し込みました。そこで、19日は、ツアーの集合場所の確認を兼ねて、ミラノ市内を地下鉄で探索することにしました。

ミラノのミケランジェロホテルは、4つ星のホテルだけあって、朝のバイキングの内容も豊かで大変気に入りました。朝食後、先ず、ホテルの近くの両替店で、スイスフランをユーロドルに換え、明日のローマ行きの国際列車のホームの確認をかねてミラノ駅を探索しました。昨日は、下りのエスカレータが無かった為、長い階段を思いスーツケースを引きずり降ろすのに苦労しましたが、登りのエスカレータがあるのを見て、安心しました。有料トイレも入ってみました。ミラノ見物は地下鉄が便利で、二日券もあると聞いていましたので、メトロのサインに従って地下に降り、売り場に並んでいる人に聞いて、割引券の売り場であることを確認して、無事に二日券を買い、先ず、ドウモに行きました。フィレンツエでもドウオモも立派なのにびっくりしましたが、ミラノのドウオモも勝るとも劣らぬほど立派なのに驚きました。
                     ミラノのドウオモ
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ドウオモの内部は壮大な感じでしたが、一旦表に出た後、エレベータで屋上に登りました。屋上に行くには、エレベータと階段の2通りがあり、階段の方が安い料金ですが、帰りに階段で下りてみて、エレベータが正解であったことが判りました。ドウモの屋上からの景色は素晴らしく、ドウオモの屋上に乱立する尖塔と地上の風景が組み合わさり、色々な景色を楽しめました。
                ドウオモの屋上からの風景
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明日の市内観光バスの集合場所は、スフォルツエスコ城の前の噴水の向いのレストラン付近とのことであったので、地下鉄で下見に行く事にした。ミラノ中央駅からドウオモまでは3号線で来たが、スフォルツエスコ城へは1号線であることが地図で判ったので、一号線のプラットフォームを探しあてて待っている間に不安になったので近くにいるおじさんにこれは一号線かと聞くと、いや違う3号線だという回答。もう一人の男性に聞くと、これが一号線だと言う返事。なるほど、これがイタリアかと納得した。無事、降車駅まで行き、地上に出ると目の前に噴水と城が見えたので間違いは無かった。近くに屋台の出店が並んでおり、大きなドーナツを売っていたので二つ買い、噴水の周りの縁石に腰を降ろして、ペットボトルの水を飲みながらドーナツを食べた。何か解放されたような気分でした。公園に入り、みやげ物店で、ITALIAと大きく書かれた帽子を二つ買い、二人でかぶる事にした。いかにも観光客という感じだが、日本でこの帽子をかぶって公園に犬の散歩に行ったら、いかにもイタリーに行ってきたよという感じでいいかもしれないと話しあった。夕食は、ホテルのフロントに聞き、魚料理が美味しいというイタリア料理レストランに予約を入れて貰い、訪れたが料理、ワインとも最高で、料金も二人で5000円程で非常に良かった。明日の市内観光が楽しみだ。
                スフォルツエスコ城と噴水
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新年明けましておめでとう御座います。−2
2010年1月3日(日)                     晴れ

日本の不況は、日本の招いた不況だと言いましたが、スイス、イタリーと何が違うかというと、国家戦略の有る,無しです。自分の国の強みを明確にして官、民挙げて、達成していくという姿勢だと思います。
スイスのチューリッヒ空港に着いたのは、現地時間の午後4時でした。飛行機から降りて、モノレールで移動し、入国審査(パスポートを持っていることを示すだけ)、手荷物を受け取って、関税申告を必要としない場合(殆ど皆)はグリーンライトの点灯した出口から出て、グリンテルワルトまでの2等乗車券を買って、4時40分発の列車に乗り、2回乗り換えて、グリンテルワルトには予定より2時間早く着きました。成田では入国審査を経て、手荷物を受け取り、手荷物検査の列に並び、出口から出るのに約1時間かかりました。それから列車かバスかで東京まで移動ですから、新幹線に乗るとしたら、到着から3時間位係ります。何故、羽田沖を埋め立て、24時間稼動のハブ空港にして、新幹線を乗り入れる計画を作らなかったのでしょうか。各地に地方空港、港湾を政治的判断で建設し、地方財政に負担をかけ、不採算路線を日航に押し付けて、経営を破綻させていますが、まともな国家戦略があれば、もっと増しな国になっていたでしょう。国家戦略立案の基本は、計量経済学、オペレーションリサーチ、シミュレーションなどの技法を駆使して、高速コンユーター内にヴァーチャルな国モデルをつくり、世界モデルと連動させて予測の精度を上げることに尽きますが、世界一の高速コンピューターの開発の予算を渋るようでは話になりません。

2.プロフェショナリズム
日本の危機、不況は、日本の政、官、業一体型のシステムを一環して続けた結果であることは、今や、常識になりましたが、独立法人、公益法人、天下り、渡りなどのシステムは抜本的に改善されねば日本の将来はありません。何故、このようなシステムが有害なのかは、全て、ピンはね、丸投げシステムであるからです。日本の企業の競争力を殺ぐものに肥大した管理システムがありますが、性格としては同じもので、偉くなれば偉くなるほど素人になるシステムで、欧米とは全く逆です。実際に働いている人間は少子化、直接人件費の削減により、どんどん少なくなり、又、安い人件費を求めて発展途上国に工場を進出させることは出来ても、間接費、管理費を官、民挙げて効率化を図らなければ、日本の将来はありません。お金は新しい需要、利益を生み出すブレインの育成、研究開発に投資すべきで、海外の人材も積極的に採用すべきです。グローバル化と口で言っても、実際の日本の法律、制度は明治時代の延長であり、全く近代化されていないので、先端分野の開発には大きなハンデイーになっております。一番いい例は新薬、新医療の開発で、欧米で認可された新薬も日本で再度、治験による薬事承認が必要で、膨大な時間とお金がかかるので、欧米、最近では近隣諸国よりも新医療を実施が大きく遅れ、医療難民を続出させる結果になっております。

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明けましておめでとう御座います
2010年1月2日(土)                     晴れ

明けましておめでとう御座います。
10月のスイス・イタリア旅行の日記を連載しておりましたが、新年のご挨拶の為、中断させて戴きます。
元旦の新聞でも特集しておりますし、TVでも新年のトピックスは、今年の経済の行方、日本の将来はどうなるかというテーマが満載で、正に、時の話題と言えますが、いずれも今後の日本の課題として挙げている主要なポイントは、次の点です。
1.リーダーシップ
2.プロフェショナリズム
3.ソフトパワー

リーダシップの欠如による日本の悲劇は、最近では歴代首相、特に、待望の政権交代で実現した民主党の鳩山首相に対する失望から起因しているところが大であると思います。それでは、小沢幹事長がリーダーシップがあるから国民が首相として望むかと言えば、NOであるし、自民党の政権に戻って良いかと言えば、これもNOでしよう。歴史上の人物でリーダーシップありの筆頭に挙げられる人物は織田信長ですが、独断専行で、明智光秀の反乱を予測できなかったわけですから、先見性に欠けていたと言わざるを得ません。坂本竜馬がNHKの大河ドラマの主人公になり、人気がありますが、矢張り暗殺計画を予測出来なかったわけですから、彼も先見性に欠けていたと思われます。
リーダーシップにも色々な解釈がありますので、私見しか言えませんが、矢張り、先見性と決断力、特に、リスクを自分で負う覚悟であると思います。一時、会社の山の同好会の部長を引き受け、数々の山岳行を致しましたが、天候悪化、道の迷った時などに、山のリーダーの力量が問われます。その時、断固として決定をして、皆を救うのが、真のリーダーである事は、実践で身につきました。昨年の北海道での遭難などは、リーダー不在の典型でしょう。日本が太平洋戦争開戦に追い込まれ、ミッドウエーで負け、その後、敗戦を繰り返した原因のリーダー不在でした。終戦の時、ようやく昭和天皇の存在意義が発揮され、不幸中の幸いでした。
2010年に求められ入る首相としてのリーダーシップは何でしょうか?
グローバル化、IT革命、中国、インド、ブラジルなどの発展途上国の躍進、医療危機、国家財政破綻、少子高齢化、ガン難民、リハビリ難民、就職氷河期の時代の日本国のリーダーに求められている事は何か?
一番必要な資質は、将来に対する先見性、複雑な問題の根本原因を見極める資質でしょう。その場合には的確で、偏見の無い歴史認識が必要不可欠です。
昨年の10月、スイス、イタリアに旅行して一番印象的だったのは、景気はどう?と地元の人に聞くと、例年どうりだよと異口同音に答えることでした。日本は不況で大変だと言うと、信じられないとの回答でした。うそとは思えません。事実、何処へ行っても観光客で賑わっておりました。ただ、日本人は殆どおりませんでした。日本の不況は、アメリカ発とか言ってますが、日本の招いた不況です。

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ミラノ駅の階段には参りました!
2009年10月18日(日)         曇り

サンモリッツとテイラノ間にはベルニナ特急が走っています。10月18日が夏シーズンの最終日なので、日本で9時41分発の特急を予約して行きましたが、グリンテルワルトで、グリンテルワルトからツエルマット、サンモリッツ、テイラノ経由ミラノ行きの乗車券を購入した際、若い駅員が、サンモリッツとテイラノの間の列車は空いているし、午後の普通列車でテイラノへ行き、ミラノ行きの列車に乗れば、8時前にはミラノへ着けるよと、予定の変更を勧めてくれたので、サンモリッツ発13時45分発、16時22分テイラノ到着の普通列車で行く事にした。
お陰で18日午前中は、ホテルから歩いて湖畔を散歩し、13時にホテルの車で駅へ送って貰った。昨日は雪で景色は何も見えなかったが、天気が晴れてくると周囲の山が見えてきて、サンモリッツはスキーレゾートで或る事が良く判った。周囲の山にはケーブルがいくつも架かっている。高級ホテルが並んでいるが、多くはクローズしており、12月15日からオープンを表示してあった。
       湖畔から山岳ケーブルを望む
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サンモリッツからテイラノ行きの列車はガラガラで、座席を移動して左右の眺望を充分楽しむことが出来た。昨日の氷河急行は雪で、氷河の景色など全く見えなかったが、サンモリッツからテイラノへ行く途中は、両側の氷河を飽きるほど見る事が出来た。終点のスイス側のテイラノから200メートルほど歩いたところにイタリア側のテイラノ駅がある。歩いて行っても駅らしいものが見あたらないので、歩いている人にイタリア側のテイラノ駅はどこかと聞くと、目の前の食堂みたいな建物を指差して、これが駅だよと教えてくれた。スイスの駅は皆、駅らしい格好をしていたが、イタリアに来ると、全くラブな感じ。イタリアは治安が悪いと聞いていたので、身の回りの持ち物に注意をすることにした。
イタリア側のテイラノ発、ミラノ行きの列車は17時10分発、日曜日なので学生が山歩きに来ていたためか、途中でほぼ満員となる。 ミラノ着19時40分、ようやく旅の後半に入ったかとホットしたが、ミラノ駅の階段の長いことにびっくり。パソコンンなどをスーツケースに詰め込んでいた為、ジムでウエイトトレイニングに使用しているバーベル(40kg)ぐらい重く、休み休み運んだが、息が切れて参った。駅前の広場には客引きと思われる連中がたむろしており、目的のミケランジェロホテルの場所を聞いて、何か因縁をつけられるのがいやであったので、スーツケースを引き、肩から鞄をかけ、背中にはリュックサックを背負った姿で、歩き出し、最寄のホテルに入って行き先のミケランジェロホテルの場所を聞くと、親切に道順を教えてくれた。ミケランジェロはミラノ駅から直ぐ近くの4ツ星ホテルで、部屋は広く、快適そのものであったが、荷物運搬に疲れきっていたので、外に食事に出る気力は全く無く、お湯を沸かして、スープつくり、パン、ソーセージ、果物で夕食とした。食後中の赤ワイン、食後の紅茶、日本茶が最高だった。ようやく生き返った気持ちであった。
        スイスとイタリアの国境
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氷河急行は雪でした!
2009年10月17日(土)                 雪


今回のスイス旅行の目的の一つは、スイス観光の売り物である氷河急行(Glacier Express)とベルニナ急行に乗る事でした。いずれもスイスの夏の観光の売り物で、最後の運転が10月18日ですから、最終便の一日前に乗ることになりました。いずれも日本からインターネットで座席指定券の購入が可能です。 氷河急行は、ツエルマットからサンモリッツまで全長280kmの距離を8時間かけて走ります。
17日は早めにホテルをチェックアウトして駅までぶらぶらと歩き、ツエルマット発9時13分の氷河急行904号に乗り込みました。車両は全席指定のパノラマ車、2等車両の2号車、座席は窓側の41、42番。通路側にスイス人4人家族が一緒でした。食堂車か座席で昼食がとれるので、座席での食事を予約しておきました。
天気が良ければパノラマ車からスイスアルプスの絶景が楽しめる筈でしたが、生憎、当日は天候が崩れ、途中から雪となり、雪景色は楽しめましたが、売り物のアルプスの氷河を楽しむことは出来ませんでしたが、食前酒から始まり、スイスワインで肉食事を楽しみ、食後酒とデザートを楽しむというデラックスな気分を満喫することが出来ました。 同席したスイス人一家とは、夫婦とはドイツ語で、息子と娘とは英語で会話を楽しむという国際色豊かな雰囲気を味わうことが出来たのも楽しい一時で、8時間の列車の旅は、長時間という感じは全くありませんでした。 ドイツ語での会話は20年振りでしたが、非常に綺麗なドイツ語を話すが、どうしてなのかと聞かれ、ドイツのトップ企業の日本支社に11年間勤めていた事を話すと、なるほどと納得してくれました。
海外、国内を問わず団体旅行には参加せず、個人旅行をすることにしていますが、確かに、個人で旅をすると、全て自分で計画し、旅行中も交通から宿泊、食事など全て自分でアレンジし、実行するというしんどさはありますが、自分の時間の許す限り、景色を楽しみ、旅行で一緒になった人と会話を楽しむという素晴らしい経験には変えがたいものがあります。久し振りに話したドイツ語で褒められるとは、全く思ってもいませんでしたが、褒められてみると悪い気持ちはしません。良い思いでになりました。
氷河急行は、サンモリッツの駅に16時58分に到着。サンモリッツはデラックスな避暑、ウインタースポーツのメッカで、本当は2泊はしたいところでしたが、ミラノ、ローマに行く予定があったので、1泊としました。サンモリッツに着いた時は、気温零度で、雪が降りしきっていましたが、メイルでホテルにピックアップを依頼してあったので、迎えのワゴン車でホテルに向かい、チェックインしました。
グリンテルワルトでもツエルマットでも到着日の夕食は、自分の部屋で、持参ので電気ポットでお湯を沸かしてスープとコーヒーを作り、地元のスーパーで買ったワイン、パン、ソーセージ、果物でゆっくりくつろぎながら食事を取るという習慣にしており、サンモリッツでも同じように部屋でも夕食としました。表の雪景色を見ながら、赤ワインを飲み、食後は持参の緑茶を楽しむ気分は何ともいえず、最高でした。
42年前の旅行の時にも同じようなスタイルで旅行して以来、家内と二人の旅行の時には、いつも3日のうち1日は、自炊の準備をしてゆきます。
               氷河急行の車内にて
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マッターホルンの景色は素晴らしいの一語に尽きる!
2009年10月16日(金)                                    晴れ

ホテルのテラスから見えるマッターホルンに朝日が当たる姿は、素晴らしいの一語に尽きた。 
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42年前は、リフトに乗ってマッターホルンの麓まで行き、それから歩いてマッターホルン小屋まで登ったが、今回は、ケーブルを2回乗り継いで、マッターホルンを近くから正面に見られる展望台まで行くことにした。もう1回ケーブルに乗ると、標高3800メートルを越えるグレーシアパラダイスまで行けるが、ケーブルを降りてから約100メートルの急な階段を登らないといけないので、これはわれわれの年齢を考え、敬遠することにした。 正解であったと思う。
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42年ぶりに見るマッターホルンは素晴らしかった!
2009年10月15日(木)                                晴れ

1967年9月16日から3日間、ツエルマットに家内と滞在し、マッターホルンの眺望を堪能した経験を再現したいと、今回、グリンテルワルトの次にツエルマットに向かったが、期待どうり、素晴らしいマッターホルンの眺望を充分堪能することが出来た。 前回泊まったホテルの部屋からマッターホルンを見る事は出来なかったが、今回は、予約した後、メイルを入れ、”超過料金を払っても良いからマッターホルンの見える部屋を用意してくれるよう”依頼してOKとの返事を貰っていたが、朝から晩までマッターホルンを正面から見える部屋に泊まることが出来、最高だった。
ホテルのレストランからもマッターホルンが見え、これも最高の気分であったが、登山電車でゴルナーグラートの展望台に登ったが、途中からもマッターホルンの姿が色々な角度とあたりの景色との組み合わせで見られ、スイスの観光資源としても、マッターホルンがNO.1であることを実感できた。 ゴルナーグラートも標高が高いので、気温はマイナス13度であったが、天気が良かったので、屋外でワインを飲みながらマッターホルンの眺望を楽しむことが出来た。
          ゴルナーグラートからのマッターホルン
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ホテルに帰り一休みしているうちに夕方になり、丁度マッターホルンの裏側に太陽が沈んだので、マッターホルンにかかる雲が刻々と変化し、マッターホルンが夕闇に溶け込んで行く姿を楽しむことが出来た。これも最高の気分であった。
          夕日のシルエットになったマッターホルン
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列車の旅は移動が負担でした
2009年10月14日(水)   グリンテルワルトからツエルマットへ          晴れ

スイスの列車旅行の良さは、運行が時計のように正確なことですが、最大の欠点は、ホームと地下道間のエスカレータが無い事で、列車の乗り換え時には、重いスーツケースをホームから地下道まで運び、乗り換え先のホームを見つけて持ち上げることで、グリンテルワルトからツエルマットへ行くまでに3回乗り換えますが、えらい負担で、ツエルマットのホテルにチェックインして部屋に入ったなりベッドの上に倒れ、2時間ほど動けませんでした。 家内が心配して東京の息子に電話して、救急搬送してもらおうかと思ったほどです。
水をペットボトル一本分飲み、2時間ほど横になっているうちに生き返りましたが、重い荷物を持って来たことをつくずく後悔しました。 それに加えて、グリンテルワルトでアイガーの夜明けの写真を撮る為、5時にホテルを出て、寒い丘で2時間、寒さに振るえて風邪気味になったのが、移動中にぶり返し、寒気がするので、新型インフルエンザになったかと心配にもなりました。 ともかくも、憧れのマッターホルンの見えるツエルマットに到着したので、ホテルまで、スーツケースを引きずり、パソコンと三脚の入ったナップザックを背負い、カメラ、望遠レンズの入ったショルダーバッグを肩にかけて、ホテルまで歩きました。
ホテルの前の橋の上からマッターホルンが見えた時は感激でした。
            午後のマッターホルン
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プロフィール

MIKE

Author:MIKE
株式会社グリーン・メデイカル・システムズ 代表取締役、国際マーケテイングコンサルタント
日本アルメニア科学・文化・教育協会(JASEC)理事長
日本LPL療法普及協会 事務局長
アルメニアEJ大学 名誉教授

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